スピリチュアリティが結ぶ…|海外のインドの子供達 India’s Overseas Children
お待たせいたしました。ジョージ・ハリスンの精神的な生き方を通して、幸せな人生の歩み方を学ぶビデオの日本語版ができました。
● 皆へのメッセージ
ビートルズのギタリストとして有名であったジョージ・ハリスンですが、実際のところ、真正のスピリチュアリストとして彼が世界に与えた影響は極めて深遠なものです。
ジョージ・ハリスンは、私たち人類が幸せに生きる上での大切なメッセージを残しています。ビートルズとして得た名声や富は人生のゴールではなく、本当の幸せは別にあるにちがいないと、彼はビートルズ時代から気づいていました。ジョージ・ハリスンは音楽を通してインド文化に出会い、瞑想に取り組み、生きる意味を見出していきました。キリスト教の誤解された方法論に疑問を抱いていた彼は、インドの教え、すなわち、実際に学び実践して真実を直接経験することに重きを置いたアプローチに非常に感銘を受け、インドの精神性を人生の土台にしました。
彼は、ビートルズの中でも一番変化した人として知られています。ジョージ・ハリスンは、恐れずに変化していくことが人生であり、さもなければ時間の無駄であり、恐れに留まるなら人間として役に立たないと話しています。彼は、力強く真実を語っていると私は思います。
ジョージ・ハリスンは1960年代や70年代の激動の時代を生きていました。人々が人間性を問うた時代でした。2024年、ジョージ・ハリスンが1960年代以降ずっと指摘していた限界に留まって日々をやり過ごしているなら…
私たちの師匠Bhagavanは、ジョージ・ハリスンの生き方、時代背景、社会の状況、そして精神的智慧などあらゆる視点を考慮に入れて、大切な生き方を示してくれます。ビデオでは、Bhagavanの言葉を日本語訳して中口朋子が話しています。Bhagavanは次のように話します。
ジョージ・ハリスンは、スワミ・シュリーラ・プラブパーダのクリシュナについての教えの中に、精神的智慧の正当性が強調されていることを見出しました。このために、ジョージ・ハリスンは精神的な智慧の考えを推進し、政治、精神疾患、心理的問題、また、精神医学の限界から自らを解放しました。マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーは、アメリカ滞在中に知らず知らずのうちに、このような限界だけに応じるようになっていきました。インドの多くのグルは、アメリカ人の生徒たちに応じるうちに、心理学や心理療法、また、精神医学の影響を受け、これらをスピリチュアリズムの答えとして取り入れていました。ジョージ・ハリスンは、このことを明確に理解し、現代の危機は私たちが精神的智慧と呼ばれる概念を理解していないことが原因であると認識するようになりました。
ジョージ・ハリスンは、実際に恐れの自己を捨てて、あるいは恐れの自己を捨てようとして、新しい道を探求していることがわかります。これはジョージ・ハリスンの注目すべき点です。私たちは皆、便宜や都合に応じて育ったため探求しようとしません。家族さえも、自分の便宜のためだけに利用しています。私たちは便宜や都合に囚われ、お互いの愛さえ楽しめません。だから、すべて、自分の思い通りになることを望みます。ジョージ・ハリスンのような多くのアメリカ人が、バブルの外、すなわち都合の良い概念や環境の外を探索するようになったのは、この便宜や都合を放棄することによってでした。
もっと続く…
ぜひ、みなさんの感想をSNSとYouTubeのコメント欄に書いてください。Bhagavanにも伝えたいと思っています。もう一つのジョージ・ハリスンのビデオは8月に公開予定です。
朋子
● ビデオの概要
ビートルズのリードギタリストとして有名なジョージ・ハリスンは、物質的な成功だけでは人生の究極の目的を果たせないと認識し、国際的名声から離れることを決意しました。彼は、真の平和と幸福は富だけでは得られないことを理解しており、「至福の経験は、偶然に出会うものではなく探求しなければならない。」という有名な言葉を残しています。ジョージ・ハリスンの精神的な旅は、インドの有名なシタール奏者ラヴィ・シャンカルやマハリシ・マヘーシュ・ヨーギー(超越瞑想)から学ぶことにより始まりました。しかし、彼の精神的道を確固たるものにしたのは、ハレ・クリシュナ運動の精神的指導者スワミ・シュリーラ・プラブパーダとの深いつながりでした。
ジョージ・ハリスンは、精神的智慧の原理が私たち皆を結びつけることができると気づき、人々に、限界や恐怖から解放された新しい道を探求するよう促しました。ジョージ・ハリスンが語ったのは過去のことですが、彼が共有した深遠な情報は今日でも生きています。彼は本物の精神的観点から話し、スピリチュアリズムと、健全な経験と、愛の意味を定義しました。ジョージ・ハリスンは、現代の危機は普遍的気づきや精神的智慧に対する理解不足によるものだと認識していました。本当に、彼の影響は図りしれません。彼は、音楽、菜食主義、ヨガ、瞑想などのインド文化を西洋に紹介しました。また、精神性を伴わないヒッピーの薬物依存文化を普遍的気づき実現の文化に変えました。
ジョージ・ハリスンはスワミ・シュリーラ・プラブパーダのもとで学んだため、既に1970年代にコンシャスネスの概念について語っていました。これは、コンシャスネスに関するその後のほとんどの出版物に先行しています。
ジョージ・ハリスンは真のスピリチュアリストとして生涯を過ごし、2001年に亡くなりました。彼の遺灰はガンジス川に撒かれ、彼の最後の願いが叶いました。
「….こういうことだ。すべて愛だ。どの方向を見ても、すべて愛だ。どれだけお互いから得ることができるかは、どれだけお互いに与えているかによって決まる。でもそれはすべて私たちの自分の内から始まり、良いことも悪いことも周りに拡がる。基本的にはそれだけだ。私たちが生み出すことができる愛は、私たちに戻ってくる愛に等しいと思う…」
これらはすべて教育目的のみでのビデオのアップロードです。